2016年7月24日日曜日

読書メモ:恒吉僚子「人間形成の日米比較 かくれたカリキュラム」


つまり、学校という場は、アメリカ中、日本中の児童が毎日、何時間も、必ずしも自分で欲しなくとも通い、その影響を受け続けている所なのである。
(略)
日米の小学校で給食のあり方が違うのを見て、「たかが給食」、たいしたことはないと思う人が居るかもしれない。だが、そうであろうか?給食一つにしても、登校日は毎日。それを小学校六年間続けたとしても、大変な回数である。特定の行動パターンを、児童は何百回、何千回と繰り返しているわけである。(略) 
そして、学校は社会をさまざまな形で反映している。給食のような学校生活のある一断面は、実は学校や社会の在り方と連結し、総体として児童に影響を与えているのである。(p66より)




4月頭にアメリカに来てから、子供の学校や野球やバレエの習い事を通じてアメリカの社会に交わる機会を持つことができた。このブログにも多少ご披露した通り、観察をして自分なりに少し考えてはみたけれど、学術的な面からの勉強や頭の整理もしておきたい、というタイミングで本書「人間形成の日米比較 かくれたカリキュラム」(1992年刊行)と出会った。

結論からいって、本書は素晴らしい。

自分が限られた経験からグダグダと考えていたことが非常に明晰に整理されている。日本とアメリカで子育てを経験する親にとっては当事者として読めるし、「企業組織の国際化」を考えるビジネスパーソンや「国際人を育てること、に興味のある人」にとっても必読の一冊ではないかと思う。(というか、タイトルに何かを感じた人は読んで損はないと思います)

上で「国際人」などと恥ずかしげもなく書いてしまったが、これもまた無自覚に使うのは危険な謎概念だ。しかし、あえて言うと、この著者の恒吉さんが、非常に稀な(狙って作ってもできるものではない)国際人だと思う。この方は、幼稚園から小学5年生くらいまでアメリカで育ち、そこから日本に帰国して高等教育を受け、その後プリンストン大で博士号を取っている。結果、二つの言語で知的活動ができ、複眼的にものごとを捉えられる。更に、自己の経験や体験談に依存せずに「研究者」として抑制的に状況を探求しようとする姿勢や、一部研究者にありがちな「欧米目線からの日本断罪」の危険性にも自覚的でいらっしゃる。こう言うスタンス(+英語でも論文書ける)の知識人はそうは居ないだろうと思った。

近隣の体育会系男子校の体育館の壁画



特に「欧米の価値を基準」として日本を考えてしまうことは、実は日本で高等教育を受けた人にはある意味では自然なことでもあり、無自覚であることも多い。ただ、そこには「罠がある」ということをこの方はしっかり指摘している。僕自身も、英語で日本のことを説明する際に無意識に相手の土俵の基準で話してしまったな、と反省する部分があった。

要旨メモ:

  • 「学校のあり方」が人格形成、人間観、集団観に与える影響は極めて大きい。
  • 日本でもアメリカでも「教育観」というのは流動的なものである。(時代によって変わる。今の姿が昔からそうだった、というわけではない)
  • 日本の学校の特徴「生徒の動機、内面」に焦点を当てるシステムになっている。自発的同調を訓練するための活動が多い。勝手に集団主義になっているわけではなく、児童が自分から「同調したくなる」ような配慮がある。
  • 日本の教育には「正しい」やり方、基本的生活習慣や態度を教えてようとする特徴がある。
  • アメリカでは社会階層によって学校も分かれており、教育方針が違う。「上流は全人格教育」「ロワーは、家庭があまりにも崩壊しているので、学校だけは非常に厳しくしようとする(補足:第5章「キング先生の戦い」印象深かった)」
  • 「日米に違いはある」が、世界的な視野で見れば「日米の違い」をことさらに強調することには意味がない。

以下、本書より抜粋。

本書でも家庭や学校を通じて見てきたように、日本人は、感情移入能力を発達させるような訓練は実にしっかり受けている。だが、言葉を武器として説得する訓練はあまり受けていない。 
内在型の同調モデルの下で社会化されてきた日本人は、感情に訴えかけられることに敏感である。相手の内面に焦点を当て、感情移入能力や罪悪感などに訴えかけながら、自発的同調を促すシステムの中にある内在型のリーダーは、自分の権威、聡明な判断、力などをアピールしながら人々をボスとして引っ張っていこうという外在型システムの中のリーダーとは求められる資質が異なる。(P158-159)


追記:本書は家人が勤務先の図書館から借りてきた。こういう本がちゃんと所蔵されてるところが、図書館の質なのかなと思う。

2 件のコメント:

  1. 興味深い本ですね。Kindleで買ってしまいました。
    魅力的な書評でした。

    あいざわ

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    1. 本を読んでかなり触発されたので、書評記事を書いてしまいました。
      これは多分、すごく興味深く読むことができると思います。
      ドイツ視点での感想も聞きたいです。

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